いましかライフ

不安障害を克服した鈴梨(HSP)は今を生きることに決めました。

克服への道が開けたのは、自分に気づいてからだった

 

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↑この記事で、克服するにはまず、不健康な自分に見切りをつけて「自分で克服するぞ、治すぞ」と決心することが必要だと書きました。 

 

 

決心するに至るまで

 

しかし、

病気を治す過程を全部、他者あるいは薬とか自分じゃないナニカに完全に預けていたら

克服することを、自分で治すことを、そもそも決心することができないのではないかと思います。

 

過去の私がそうでした。

あの時の自分を考えれば、仕方ないといえば仕方ないという感じもするのですが…

自分の身に何が起こったかも分かっていなくて、とりあえずパニック障害のパンフレットに「1年ちょっとくらいで良くなります」とか書いてあるのを見て「フーン」って思うしかなくて

よく分からないうちって、よく分かっている人に頼れば安心じゃないですか。そんな感じで、そんなノリで、医師や薬からのサポートでなんとかなる、時間が経てばなんとかなると思っていたんです。(医師からのサポートって言ったって、3分診療とかなのに)

 

でも、なんとかならなかった。

 

自分じゃないナニカに頼って、自分で克服しようとしていなかった私に転機が訪れたのは

「自分に気づく」

ということをしてからでした。

 

 

自分に気づこう。

 

「自分に気づく」ってなんだろう?と思った方もいらっしゃるかもしれません。

自分に気づくとはつまり、自分がいま本音のトコロどう思っているかを自覚しながら生きていくことだと思います。

自分の感情に気づくこと。嬉しい、悲しい、ムカつく、楽しい!そう感じる心を持って生きてる自分に気づくこと。

周りが自分をどう思うかとか、世間体とか、常識とか、誰かの期待とか、いままで無意識にしてきた習慣とか、そういうの一切関係なし・一旦置いといて、今自分が思っていることとかやりたいこととかしたくないことを自覚しながら、その自分の本音を現実に反映させたり、あえてさせなかったりしながら生活すること。

(これは言い換えるなら、古い脳(大脳辺縁系)の声を聞きながら生活するということかもしれません。)

 

たらればの話ですが

 

私の話で言うと、

体調を崩して生活がままならなくなったときに「はやく元に戻らなきゃ」とか、「こんなのマトモじゃない」とか「普通になりたい」とかばっかり思っていたんですが、それって結局、こんな風になった自分をまず無視して(気づいていないから)、人の目ばかり気にしている、という状態でした。

あの時もし、自分に気づけていたら

本音の「くるしい」「つらい」「休みたい」の気持ちに素直に寄り添えて、もっとうまく手当てができて、割と早くに克服への道が開けたのではないかなと思うのです。

 

「早く元に戻りたい。医者の言う事を聞いて薬さえ飲んでいたらどうにかなるだろう」

ではなく、

苦しんでいる自分にまず気づいて!寄り添って、「体調を崩したという事は、いままでの自分の考え方、生き方がこのままじゃだめだってことなんだ。今までの自分じゃ通用しないんだ。それならば、変わろう。」

そんな風にその時の自分にちゃんと目を向けて考えられていたら、学校で受けたカウンセリングだって有効的に働いたかもしれないし、もっと早く健康になれていたかもしれません。

 

※サラッと書きましたが、心の病気を治したり生きづらさを乗り越えたりするときって、元の自分に戻るのではなく、変わるんですよね。考え方とか生き方が。(これを分かっていると克服しやすいと思います)

 

変わるには

 

自分に気づくこと。これは、他人軸で生きることを辞め自分軸を作ることで体調を立て直し、人生を自分のものにするために必要なことでした。

自分に気づいて分かったことは、自分に気づかないで生活している人がものすごくいるということでした。

「自分のことがよくわからない」って人はよく言うけど、常識とか偏見、固定的価値観に縛られてたり、「いいね」とかいう他人からの評価のことばかり考えながら過ごしているなら、当然そうなりますよね。でも、世間って自分に気づかせないように出来ているんですよね。そういう仕組みになってるというか…。

今の自分を認識出来ていなかったら、人ってずっと変われない(=治せない)んですよね。鏡を見てしか寝癖直せないのと一緒で。