いましかライフ

不安障害を克服した鈴梨(HSP)は今を生きることに決めました。

HSPとして生きてくということ

今から約5年前にHSPという概念に出会った私は、

ここ2,3年で起きたHSPブームをどこか客観的に見ていたところがあったのですが、最近は実際に自分以外のHSPと交流するようになりました。

「HSPとして生きていくことって、どういうことなんだろう」

こういうことを思えばこの5年間、ずっと考えていた気がします。

で、今日はそのアウトプットをちょびっとしてみることで、私なりのHSPについての解釈を書いていきたいと思います。長いので、気になるタイトルがありましたらぜひ、そこだけでも読んでいただけたらと思います。

 

 

非HSPが自分はHSPだと主張する世の中に生きている

 

HSPブーム中、非HSPの人たちでさえ「自分はHSPである」と言い出すのを、もやもやとした気持ちで眺めていました。この人は本当にHSPなんだろうかと違和感を感じた経験のある方はきっと私の他にもいるはず。

なぜそんなことが起きてしまうのでしょうか?

私の予想では、私たち人間ってストレス過多に陥ると五感が敏感になってしまう傾向を持っているから、ということ。ストレスで神経過敏になるって当たり前のことです。

頭痛持ちの人って、頭痛が起きている間とても光に弱くなったり、匂いに敏感になったりします。それってまさにHSPっぽいなーって思うんです。

ストレスで不調を感じている人、生きづらさを感じている人はもれなく脳の暴走によりHSPっぽくなっているはずです。でもそれは偽のHSPであって、本当のHSPではない(笑)。きっと非HSPの方が「自分はHSPだ」と自分にレッテル張りしたがるのは、自分のストレスに気づけていないか、あるいはそのストレスに向き合う度胸がなくHSPという概念に逃げたいのか、あるいはそもそも何も考えてない可能性が。。。

ストレスがあって→敏感になっている ではなく、

敏感である→それがストレスにもなり得る のが、HSPですよね。流れがぜーんぜん違うのに、そこを混同していらっしゃる方が、ものすごくいるんじゃないかと私は感じます。ものすごくいるのは、ストレスまみれの世の中だからでしょう。そんな世の中で我々HSPは生きているのですよね。

 

アーロン博士の本に心を動かされたなら本物HSP

 

みなさん、自分はHSPってどこで判断されているのでしょう。

大抵は、あれですよね、アーロン博士による有名なチェックリスト。「DOES」。あるいはそれをもとに作られた診断チェック。HSP関連本。で、ちゃんと判断してるならまだしも、今はTwitterとかまとめ記事に書いてあるほんのわずかな情報だけで自分はHSPと判断してる人もいると思います。

私の場合、人から「あなたはHSPだと思う」と言われたことがきっかけたっだんですが、結局は自己判断するしかないんですよね。でもそれで「自分はHSPだ~」と思って自分と向き合う中で

「自分って本当にHSPなんじゃろか?」

って疑問が出てくる人、結構いると思うんです。世の中にはいろんなHSPがいるから。

そこで私がおすすめしたいのは、アーロン博士の著書を読むこと

これを読んで「うわ~~~!!!!!!!・・・・・・・」と衝撃を受けたあなたは必ず、絶対、HSPです。断言。(笑)

私はなんと今年初めて読んだのですが、もっと早く読めばよかったと心底思った。

読んだあとに、いま続々と出版されているHSP関連本は、その多くが↓このアーロン博士の書いていることをその人なりにまとめ、その人なりに生き方を試行錯誤した結果が書いてあるものだと感じました。だから、どこまでいってもHSPのことを本質的に知れなかった。

 

 

 

…ですが実は、このアーロン博士の著書二冊とも、今は絶版しており手に入れようと思ったら高いお金を払って中古本を買わなければならない状態です。

そこで活用したいのは図書館。カーリルを利用してぜひ近所の図書館に走ってください。(笑)

(ただ、本を読み慣れていない人にこの分量はきついかもしれないので、そういう方は「ささいなことにも~」の1冊のみでも大丈夫だと思います)

 

HSPである自分に向き合えば生きづらさはゼロになってく

 

生きづらさに直結するのは、「HSPの気質とうまく付き合いきれてないこと」であり、HSPであること自体が生きづらさに直結しているわけではない。

このことを、私たちは心から分かっていたいものです。

私は、HSPという概念を知れてよかったとしか思いません。だってHSPとしての自分を知ることは、幸せに生きてく手立てを知れるということなのだから。

アーロン博士の本でも、他のHSP本でも、カウンセラーとの対話でも、HSPのことを知って世界が変わる経験をしたなら誰ももう「HSPは生きづらい」なんて言わなくなるんじゃないかって思うのですが、

HSPだから生きづらいのだ!あれもこれもぜんぶ、私が人生うまく行かないのはHSPのせいだ!と自己憐憫に陥って抜け出せない人が多いのは、結局のところ「人と比べているから」ですよね。

HSPの概念を知った後にとりかかりたい作業は、

HSPの特徴をよく知ることや、他のHSPと自分の共通点を探ること ではなく

HSPである自分のことを知ること。

どれだけ自分と向き合えるかが、どれだけ一人になりきれるかが、HSPとして幸せに生きていくためのカギだと私は思っています。

 

HSPにとって、年を重ねることは救い

 

さて冒頭に、最近はHSPの方と交流するようになったと書きましたが、

10代~50代の幅広い年代のHSPと出会って思ったことがあります。

「HSPは若いころに苦労しやすいけれど、それだからこそHSPとして生きていくことは総合的にみると楽しくて、年をとればとるほど生きやすくなっていく」

ということ。まぁ、現時点での私の予想ですが。

学生の頃がたぶん一番他人との距離が近くて苦労するけど年とりゃ付き合う人間選べるしどうにでもなる、って思う。

HSPの交流の場に出席しているという時点で、みなさんHSPとしての自分をよく知っていて、そういう方のお話を聞くのはとてもとてもタメになります。自分の中で試行錯誤していくのが基本的に大事だけれど、他のみんなはどうやって気質と向き合っているんだろうか?ということを知れると、ほんとーーーに生きやすくなります。生きるためのヒント。生活の知恵。おばあちゃんの知恵袋。(?)を受け取れる。

思うに、生きづらさを感じながらでも根気よく生きてく人ほど人生のプロになれる気がします。

酸いも甘いも噛分けたHSPって、めちゃくちゃカッコよくないですか。自分と向き合い切ったHSPはもれなくカッコイイ。私もそうなろうと思っています。

 

HSP同士で共有したいのはどんなこと?

ネットを見ていると、なんだか

HSPという概念に囚われている人(情報に踊らされる人)・概念を利用する人(情報を発信する人)

この二つに分かれてんなァという印象が私の中であって、

両者の違いはなんなのか、考えたことがあります。

違い。それは「自分軸があるかないか」だと思う。

自分軸をなかなか築けないHSPは、HSPである自分のことにも自信が持てなくて、どうやって生きたらいいか分からなくて、自分じゃなく知識ばかりに頼ってしまい自己憐憫に陥ってしまうこともある。で、そういう人たちは群れやすくて成長がない。

それに対して自分軸を確立できたHSPは、「私はこう思う」って言って、なにか自分のHSPに対する考えを人に聞いてもらって、お互いに成長したいと願っている。で、そういう人たちは群れをなさない。

なんだかそんな感じ。

自分を確立するペースとか、方法とかタイミングとかは人それぞれだし、分かれるのは当然なのだろうけど、

でも、HSP同士で共有したいものはなんなのかって考えた時、「感じる生きづらさ」だけじゃなく「感じる幸せ」もだよなって、私は思うんです。

だってHSPが感じてるこの世界の喜びは、きっと非HSPが感じるソレとはすこし違うのだろうし。

みなさんは、他のHSPの人たちと、どんなことを共有したいですか?HSPの集まりが増えてきてる昨今、私はそんなことを考えています。